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コラム
日々、世界で大量に消費されるプラスチック。私たちが(適切に/不適切に)捨てたプラスチックは、その後どこへ行き、どんな最後を迎えるのか。ブラックボックスになりがちなその流れを追うことで、自然環境に与える影響を考察する、特集の第1回。
大海へそそぐ、800万トンのプラスチック
2018年11月のある日。インドネシアのワカトビ国立公園の海岸に、一頭のマッコウクジラの死体が打ち上げられた。ほどなく、このできごとは世界中に衝撃をもって伝えられることになる。クジラの胃袋に、およそ6キロにもなるプラスチックゴミが詰まっていたからだ。
目下、海洋汚染対策は世界が直面する喫緊の課題である。国連環境計画(UNEP)の後援のもと行われたある調査によれば、海に流れ込むプラスチックゴミは、年間約800万トンにのぼる。サーキュライトエコノミーの推進を目的に設立されたエレン・マッカーサー財団は、このままでは2050年には海におけるプラスチックゴミの重量が、魚のそれより多くなるというディストピア的な見通しを示している。
はたして、これほど多くのプラスチックはどこから漂流してきたのだろうか。
真っ先に思い浮かぶのは、砂浜に転がったペットボトルのような、海の近くで不適切に捨てられたものが波にさらわれる、といったルートだろう。だが、漂流記はいつも海辺から始まるとは限らない。
たとえば川から海に流入するケースもある。ドイツ、ヘルムホルツ環境研究センター(UFZ)によると、海に流れ出たプラスチックゴミの約90%の「ふるさと」は、たった10の河川に絞られるという。しかし、だからといって海洋汚染の責任の一切をこれらの河川に押し付けることはできない。あなたの家にも、海に通じる回路があるかもしれないのだ。
あなたの家からも?マイクロプラスチック漂流記
いまや世界中の海が「プラスチックスープ」と化している。匙ですくいあげたとき、そこに浸っているのは、ペットボトルやビニール袋のようなゴロゴロとした「具材」だけではない。マイクロプラスチックと呼ばれる、微小なプラスチック粒子も無数に潜んでいるのだ。
マイクロプラスチックとは、一般に5mm以下のプラスチックと定義される。その出自は、曖昧なところも多いが、大きく二つに分類することが可能だ。
1つ目は、浜辺や海上に投げ捨てられたレジ袋や食品容器といったプラスチック製品が、紫外線や熱、波などによって劣化し、小さくバラバラになってマイクロプラスチックとなるケースだ。
2つ目は、製造されたときに、すでに5mm以下だったもので、洗顔料に含まれるマイクロビーズやマイクロカプセルなどがそうだ。あなたが洗顔や入浴をするたびに、それは排水溝を通り、一部は下水処理場をすり抜けて海にまで到達する。
たとえ海の近くに住んでいなくとも、ポイ捨てをしていなくとも、あなたは気づかないうちに、マイクロプラスチックを排出している可能性がある。
マイクロプラスチックの中には繊維状のものがあり(マイクロファイバープラスチック、などと呼ばれる)、これは海上で捨てられたプラスチック製の釣り糸やロープなどから出るほか、服を洗濯・乾燥した時にも発生する。衣類の繊維屑は洗濯機から排水溝に流れ、巡り巡って海にそそぐことがあるのだ。国際自然保護連合(IUCN)は、海にあるマイクロプラスチックのうち、およそ35%は洗濯された合成繊維であるとレポートしている。
ちなみにこうした繊維屑は、アクリルたわしやメラミンスポンジで食器を洗った場合などにも発生する可能性がある。
私たちは「プラスチックを食べている」のか?
マイクロプラスチックが海にあふれることで懸念されるのが、生態系や身体への影響だ。胃袋にマイクロプラスチックを蓄えた海洋生物を摂取することで、私たちもまた、気づかぬうちにマイクロプラスチックを取り込んでいるかもしれない。「プラスチックを食べている」とは、なんとも気分の悪くなる話だが、それ自体に大きな害はないとされる。取り込んだプラスチックは、いずれ体外に排出されるからだ。
問題はむしろ、プラスチックに吸着している有害物質の方にある。石油由来のプラスチックは、海中にある油に溶けやすい汚染物質を次々と吸着してしまう。ある研究者によれば、そうして吸着した有害物質は最大100万倍に濃縮するという。
有害物質の「運び屋」となったマイクロプラスチックは、食物連鎖の底辺に位置するプランクトンから、私たちの食卓まで交通する。危惧されるのは、摂取したマイクロプラスチックから有害物質が私たちの体内へ溶け出すことだ。果たして私たちの健康にどのような影響がありうるのか、それはまだ明らかでない。
三位一体となり、総合的なアプローチを
現在、世界の海には、51兆個ちかくのマイクロプラスチックが漂っているといわれる。これ以上の汚染を食い止めるために、世界各国が「脱使い捨てプラスチック」へ、急速に舵を切り始めたことは、前回の特集でも繰り返し触れた。
多くのグローバル企業も同じく対策に乗り出している。アメリカ大手コーヒーチェーンのスターバックスは、プラスチック製の使い捨てストローを2020年までに全廃すると発表した。マクドナルドも2019年中にイギリスとアイルランドの店舗でストローをプラスチック製から紙製に順次切り替える。
テクノロジーも、こうした流れをあと推しする。従来のプラスチックにかわるものとして、サスティナブルな素材やプロダクトの開発が盛んだ。自然環境下で水と二酸化炭素に分解する「生分解性」を有するレジ袋やストローなども続々と登場している。
こうした中、個人もまた、プラスチックとの付き合い方の見直しを迫られている。プラスチックの使用量を減らすため、プラスチックではなく布製やガラス製、ステンレス製を選ぶ、シングルユースを減らすなどの取り組みが求められる。
国・企業、テクノロジー、個人が三位一体となり、総合的なアプローチをすることが肝要である。文明の豊かさを享受する私たちは、例外なく海洋汚染の当事者なのだ。たとえ目の前にその痕跡が見えないとしても。